東京高等裁判所 昭和25年(う)2992号 判決
原判決は被告人に対する起訴状記載の公訴事実中第一の所得税法第六十九条第一項所定の逋脱罪の事実について被告人がかねてミシン部品販売業を営み、昭和二十三年一月三十一日下谷税務署長に宛て所得金額を三十万円とする確定申告をして所得税額十八万五千七百五十円を納付したが、昭和二十二年中における被告人の所得額は三十万円を超えていたので、右確定申告が真実に反するものであることを証拠に依り認定し、被告人の別口帳簿類似の帳簿の作成は右の確定申告と因果関係なく、又右の確定申告は真実に反する確定申告であつても、税務署の係官から指示された所得額を申告したものであるから、不正行為であるとの認識を欠くものとしてこの部分につき被告人を無罪としたものである。しかしながら原判決が、無罪理由中に援用している原審第三回公判調書中、証人高橋実同桶熊真乗、同大川敏子原審第十一回公判調書中、被告人の供述記載、押收にかかる各証拠(原審昭和二十四年押第三十九号)を綜合すれば、被告人は所得税等を逋脱する意図の下に、売上、仕入の大体を記載していた売上帳、仕入帳、現金出納簿(前同押号一、二、三の一)の外に昭和二十二年十月頃から、税務署員の検査の際呈示するため、取引の二分の一、乃至三分の一を記載した売原簿、仕入帳、金銭出納帳(前同押号の三の二、四、五)を作成し、前者の帳簿は自宅奥四畳半の間に置き、後者の別口帳簿は店舖に置いて、税務署員の検査の際直ちに呈示し得る状態にして置いたことが認められ、且つ、右別口帳簿は、その記載に依り、真実の取引を秘匿するに足る帳簿であることが認められるのであるから、かかる帳簿の作成、備付は、これを所得税法第六十九条第一項にいわゆる不正の行為と認めるに妨げなく、更に、原判決が無罪理由中に援用している原審第六回竝に第十三回各公判調書中の証人多田季良の供述記載、原審第五回公判調書中の証人武藤慶三郞、同西村乙郞、同萩原順、の各供述記載、原審各公判調書中被告人の供述記載、検事滝川幹雄に対する被告人の第一回供述調書中供述記載を綜合すれば、被告人は自己の営業の主宰者として、昭和二十二年中における営業状況は熟知していた筈であり、この営業状況と、同年中における貯予金の増加、土地買收、家屋の増築、生活費の支出状況等から、同年中における所得額は省略百五十万円であることを認識していながら、昭和二十三年一月頃新年度の所得の確定申告をする際、同業者である坂本警察署管内のミシン部品販売業者と協議の上、業者間の営業状況に応ずる均衡を計つて自己の所得額を二十万円として下谷税務署に確定申告をしたところ、同署においては、昭和二十二年度から実施された所得税等の申告納税制度の周知徹底と、申告指導に力を注いでいたため、業者の真実の所得の調査にまで手が届かず業者も、その調査に協力しなかつたので、被告人等ミシン部品販売業者の所得の実態を調査したわけではなかつたが、他の資料に基くその推定額に比し被告人等業者の申告所得額が少なかつたので、その頃業者中の幹部である被告人等数名を同署に呼び、係官から、昭和二十二年の各業者の所得額についてそれぞれ具体的に推定額を示して申告所得額の増額を奨め、正確な申告をなすべきことの申告指導をした結果、被告人は先に提出した二十万円の確定申告を改め、所得金額を三十万円とする確定申告を提出し、その所得税額十八万五千七百五十円を納付したことを認めることができるのである。しからば、右のような事実関係の下において、所轄税務署係官が推定し指示した所得額に従い、被告人のなした右三十万円の確定申告は、被告人が、約百五十万円の所得額の認識を具えながら、僅か五分の一に当る金額を所得額として申告したものといわねばならないから、かかる行為は、現実被告人の昭和二十二年における所得額が約百五十万円と認められる限り、これ亦所得税法第六十九条第一項にいわゆる不正行為に該当するものとしなければならないのである。蓋し被告人が同業者数名と所轄税務署に呼ばれ、係官の推定指示したところに従つて所得金額の確定申告をしたものであるとしても、この事実に依つては、被告人が、真実の所得から算出された税額に比し遥かに少ない税額を納付する意思の存在を認めることができるだけで、真実の所得に対する正規の税額を納付する意思があつたとは認められないし、税務署係官の指示は、もともと、申告納税制度の下においては、納税義務者の真実の所得に対する正規の税額の納付を指導勧奨するためになされるものであつて、納税義務者の納付すべき正規の税額を賦課決定するものではなく、納税義務者の正規の納税を抑止しようとするものでもないからである。このことは、申告納税制度が実施された直後で各人の所得額についてその最終的決定は税務署の認定に委ねられるという従来の考え方がぬけきれなかつたと原判決の認定した特別の状況の下に在つても、その理を異にするものとは考えられないのみならず、前記原審証人多田季良の供述記載、被告人の検察官に対する供述調書中の供述記載に依れば、所轄下谷税務署は、昭和二十二年中、申告納税制度について周知徹底を計り、これが指導に力を注ぎ、被告人も亦同年六月同制度に基く予定申告を同年六月頃なしてをり、業者の幹部として税務係官と会合していることが認められるのであるから、被告人が右三十万円の確定申告をした昭和二十三年一月当時において、その所得額は、税務署の認定指示した数額により最終的に決定されるものとの考え方がぬけきらなかつたものとは断定し難く只被告人の右申告が、他の業者と同じく、その営業状況に応じた他の業者間の均衡を保つ見地の下になされたものであることは、この申告をするについての経緯を認定した前記証拠に依りこれを認めることができるものであるが、かかる事由は、被告人に対し真実の所得に対する正規の納税を期待することを不可能ならしめるものではなく、所得の過少申告が不正な行為でないと信ずるにつき、過失がなかつたものと認める理由となることはないのであつて、被告人の犯情を酌すべき資料に止まるものと解すべきものである。しこうして原判決は、被告人の昭和二十二年中における所得が真実幾何であつたかはその無罪理由中に判示していないのであるが、被告人の同年中における所得が、被告人の認識していたように、約百五十万円であつたか、否かは、被告人の過少申告がその主観と相俟つて客観的要件を具えているか否かを定めるものとして、所得税法第六十九条第一項にいわゆる不正行為の成否に影響を及ぼす事項であるから、先ずこの点を確定すべかりしものであるが、進んで、前記、別口帳簿の作成、備付竝に過少申告という不正行為と、所得税の逋脱との因果関係を検討するに、論旨は原判決が、別口帳簿の作成と確定申告との因果関係がないことを理由として別口帳簿の作成に依り所得税を逋脱したものでないとしている点について法令の適用を誤り、事実を誤認したものと主張するけれども、原判決のこの点の措辞必ずしも明確ではないにしても、その意とするところは、別口帳簿の作成は確定申告と因果関係なく、従つて逋脱との間に因果関係を欠くものであることを示すものと解することができるから、これを以て所論のように法令の適用に誤りがあるとする所論は当らないし、被告人が確定申告に記載した三十万円は前記認定のように税務署係官の指示に基くものであつて、記録上右三十万円が右の別口帳簿に基き算出されたことこの金額を算出する意図の下に別口帳簿を作成したものであること、確定申告の際税務署係官に右帳簿を呈示し説明したこと等の事実は、いずれもこれを認めるべき証拠がないものであるから、被告人が、右三十万円の確定申告をするに際し、右の別口帳簿存在の事実を意識し、これを必要ある場合利用する意思を依然保持していたものと推認するに難くはないとしても、それ故に直ちに別口帳簿の作成、備付と確定申告との間の直接の因果関係従つて所得税の逋脱との間に直接の因果関係があるものと見ることはできないのである。されば、右の別口帳簿の作成、備付と所得税の逋脱との間に因果関係があると主張し、原判決に事実の誤認があると主張する所論も亦当らないのである。しかし被告人の右別口帳簿の作成備付は、被告人の所得税逋脱の意思に基くものと認めるべきものであるから、この被告人の所為は、その後の三十万円の確定申告が、過少申告として、不正行為と認められるならば一連の不正行為をなすものと解することができるのであつて、すなわちこの別口帳簿の作成備付という不正行為を先行事実として、三十万円の確定申告が過少申告という不正行為に現われたものと認めるを相当とし、起訴状記載の公訴事実中第一の事実は、かく解するを至当としなければならないのである。しこうして、右被告人の三十万円の確定申告が過少申告として不正行為に該当するものならば、これと所得税の逋脱との間に因果関係のあることは虚偽の確定申告であつても、申告の時に一応税額を確定するものと解すべきであるから、勿論これを肯定しなければならないのである。しかるに原判決は前記のように、被告人の昭和二十二年中における真実の所得額が、幾何であつたかを確定することなく、直ちに被告人の三十万円の確定申告が、真実に反する申告ではあるが、不正行為であるとの認識を欠くものとしたのであつて、その趣旨にして若し被告人に昭和二十二年中における約百五十万円の所得のあつたことの認識がなく、従つて、真実に反する申告であるとの認識がなかつたとしたものとすれば、事実を誤認したものというべく、若し又一応右確定申告が、真実に反する申告であるとの認識があつたが、その行為が、不正であるとの認識がなかつたとしたものとすれば、虚偽申告が常に当然不正行為と認められないとしても、本件におけるように、真実百五十万円の所得があることを知りながら、僅か五分の一の金額を所得金額として申告した行為は、真実百五十万円の所得の存在する限り過少申告として不正行為に該当するものと認めるべきであり、客観的に百五十万円の所得の存在が認められ、主観的にこれを認識しつゝ、三十万円の確定申告をした事実そのものゝ認識の外に、その申告が、不正であるとの点まで認識していなければ、不正行為とならないものというべきではない。蓋し、その申告が、不正であるか否かは、客観的に定めらるべき価値判断の問題であるから、このことを認識することが、不正行為の要件であると解すべきではなし、しかも、本件においては、被告人が三十万円の確定申告をなすに至つた経緯についての前掲証拠に依れば、被告人は右の確定申告が、所得税逋脱のための過少申告であつて、不正のものであるとの認識を有していたものと推認するに難くはない。しからば原判決は、被告人の昭和二十二年中における真実の所得額を確定することなく、三十万円の確定申告を不正行為に該当しないものとして、公訴事実中第一の事実を無罪としたことは、事実の誤認に基くか、又は所得税法第六十九条第一項の解釈適用を誤まつたものというの外なく、この点の論旨は理由がある。
弁護人の控訴趣意第一点について。
所得税法第七〇条第一項第一号所定の虚偽記載罪は予定申告書記載の所得金額の見積額が、真実に符合しないことを認識しながら予定申告書に虚偽の記載をして政府に提出することに依り直ちに成立するもので、所論のように所得税逋脱の意思の存在を要件とするものと解すべきでないことは、同条が、同法第六十九条の逋脱罪と異りいわゆる実質犯を規定したものではなく、いわゆる秩序犯を規定したものであることに依つて明らかである。もとより同法第七〇条第一項第一号の虚偽記載罪の成立する場合には、通例所得税逋脱の意思の存することが窺われるとしても、苟くも、真実に符合しないことを認識しながら予定申告書に虚偽の見積額の記載をするにおいては、同法の要求する、真実の見積額の記載に依り、正当な課税権の行使を確保しようとする目的を阻害するに至るのであるから、同罪は所得税逋脱の意思の有無を問わぬものとしなければならないのである。しこうして原判決の認定した事実は、被告人は昭和二十三年一月以降同年六月末迄の所得金額は約四百万円あり、同年七月一日の現況に依ると、同年中の所得金額の見積額は省略その倍額に達するにかゝわらず、同年一月三十一日頃同年七月分予定申告書(原判決に同年四月分とあるは七月分の誤記と認める)所得額欄に五十万円である旨の虚偽の記載をして下谷税務署長宛に提出したというのであつて、この事実は、原判決挙示の証拠に依りこれを認めるに足り、原判決の右事実認定には記録を精査検討しても誤認のあることを認められない。しからば、原判決が被告人の右所為を所得税法第七〇条第一項第一号の虚偽記載に問擬したことは正当であり、原判決には所論のように法律の解釈適用を誤つた違法はないから、論旨は理由がない。